君たちはどう生きるか「大叔父」最後はどうなる?正体やセリフの意味も解説します

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chiharu
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『君たちはどう生きるか』で独特の存在感を放っていた大叔父。

物語の終盤で登場し、大叔父の正体は何なのか、最後はどうなるのかドキドキしましたね。

この記事でわかること
  • 『君たちはどう生きるか』大叔父の最後はどうなる?
  • 大叔父の正体は?
  • 大叔父のセリフの意味も解説!

大叔父のセリフの意味に注目してみると、新たな一面が発見できるかもしれません。

君たちはどう生きるか「大叔父」の最後はどうなる?

大叔父は眞人に異世界で後を継いでほしいと頼みますが、願いは叶うことなく異世界は崩壊しました。

同時に大叔父は姿を消したため、亡くなったのだと推測します。

高齢の大叔父は、早く後継者を見つけたかったけれど…。

下の世界で長年生きてきて、石を積み上げることで世界のバランスを保っていた大叔父にとって、眞人が後継者にならなかったことは自身の崩壊を意味するのでしょう。

そして、眞人は大叔父の意志よりも自分の力で生きる道を選んだ、ということになりますね。

大叔父の創造してきた世界は終わりを迎え、人生にも幕を閉じたのではないでしょうか。

世界が崩壊した意味を解説!

大叔父は異世界の後見人として眞人を選びましたが、自分には悪意のない世界を作り上げる資格はないと断ります。

すでに作り上げられたものをただ漫然と受け継ぐのではなく、眞人は悪意と向き合うことから逃げずに乗り越えようとしていたからこその選択ですね。

異世界で生きるのではなく、現実世界で生きることを決めたんだね!

異世界が崩壊して、眞人が目覚めると現実の世界に戻っていました。

異世界の崩壊、それは内面的に実母ヒサコとの別れを受け入れたという意味が隠されているのではないでしょうか。

現実世界に戻り、そこで事実と正面から向き合って生きていくことを決めた瞬間だったと思います。

後を継がないという選択には、そんな思いも込められていたんだね。

大叔父は悪意に染まっていない13個の石を3日に1個積み上げてほしいとも言いましたが、実はこの「13」という数字、宮崎駿監督と高畑勲監督の手掛けた作品の数とも一致しているのです。

これまで築き上げてきた物を引き継いでほしかったが、世界が崩壊してしまった展開を紐解くと、また新たな想像力で新たな作品を生み出すことへの挑戦を表現しているとも言えますね。

大叔父の真似をして石を積むことを拒んだ眞人は、凛々しい顔つきになりました。

「異世界」のその後を考察!

異世界が崩壊した後、大叔父がこれまでに大事に積み上げてきた積み木、新しい生命の魂であるワラワラはどうなってしまったのでしょうか。

崩壊により、もう二度と戻れなくなってしまった!

異世界にいたワラワラはペリカンのエサとして捕食されてしまう者もいて、全部が新しい命として生まれ変わるわけではありませんでした。

しかし異世界がなくなったことで、ワラワラは別の世界へ行き新しい生命として生まれ変わることが出来ているのではないでしょうか。

そして積み木は破片となって消え去ってしまいましたが、これは宮崎監督が今まで創り上げてきた作品たちを表していて、今作で終わりだということを表しているのだと受け取りました。

後継者がおらず自分の代で終わることを示唆しているのかな?

アオサギは異世界での記憶について「いずれ忘れてしまう」と眞人に言っていましたが、異世界での経験があったからこそ、現実世界で生きることを決めた眞人。

だからこそ、眞人には異世界をいつまでも忘れてほしくないなと思いました。

君たちはどう生きるか「大叔父」の正体やセリフの意味も解説!

物語の終盤で、異質な存在感を出していた大叔父。

本の読みすぎで頭がおかしくなってしまい姿を消したとされる大叔父は、石と契約をしてこの世界を作り上げていました。

まさに異世界の「主」のような人物ですが、積み木を積むことを大事にしていたり、謎が多かったですよね。

見た目もインパクト大!

大叔父という人物は、モデルになった人物や口にしたセリフから理解することが出来ます。

彼の正体はいったい何なのか、セリフにはどんな意味が込められているかを解説していきます!

「大叔父」のモデルが高畑勲だった理由は?

この作品について鈴木敏夫プロデューサーが「宮﨑駿の自伝的ファンタジー」と語っていたことから、主人公・眞人のモデルは監督自身ということになりますね。

それに対し大叔父は高畑勲監督がモデルになっています。

宮崎監督は高畑監督に対して特別な思いがあるようだよ。

この作品の制作が始まった当初は、大叔父が主人公・眞人にこれからどう生きていくかを教える、というストーリーがあったそうです。

しかし製作途中に高畑勲監督が亡くなったことから、宮崎監督が高畑監督と決別するためのストーリーに変更されました。

ラストでは異世界は崩壊し、大叔父も姿を消したことから、高畑監督と繋がる部分もあります。

この作品を仕上げるのは相当大変で宮崎監督も苦悩したんだって。

宮崎監督にとって高畑監督は、昔からの仕事仲間であり、アニメーションの先輩であり、ライバルでもある存在。

作品中の大叔父のような「自分と向き合い生きることを教えてくれた存在」であるからこそ、高畑監督がモデルになったということです。

そんな高畑監督が亡くなった際には本作品の製作途中でしたが、絵コンテが2か月以上書けないなど、相当なショックを受けた宮崎監督。

大叔父を高畑監督に重ねることで、別れを受け入れ決心がついたような内容になっていたように見えました。

宮崎駿監督はキャラクターに高畑監督への愛を込めることで、悲しみを乗り越えたのかもしれません。

「我を学ぶものは死す」に込めたメッセージとは?

異世界に足を踏み入れた眞人は、墓の門で「我を学ぶものは死す」という文字を目にします。

この言葉に近いものが中国の画家の斉白石(せいはくせき)が残した「学我者生 似我者死」です。

簡単に言い換えると「我に学ぶ者は生き、我に似せる者は死す」で、師に学び自ら創造を加える者は生き残るが、ただ真似をするだけの者は成功しない」という意味。

へぇ、そんな意味があったんだ!

“我”とは宮崎駿監督のことではないかと多くの人が考察しています。

彼の作品をそのまま真似をするのではなく、そこから学び独自の創造をしなければ成長はない、という意味が込められているのではないでしょうか。

また、現代を生きる私たちにも言えることで「誰かの真似をするだけでは個性が死んでしまう。もっと学んで自分らしさを大事にして生きてほしい」というメッセージともとれます。

人の真似をしたら結局、自分自身は成長しないですからね。

宮崎監督からの深いメッセージだったんだね!

まとめ

『君たちはどう生きるか』の大叔父について、正体や最後どうなるのか、セリフの意味について解説しました。

この記事でわかったこと
  • 『君たちはどう生きるか』大叔父の最後はどうなる?
    • 異世界は崩壊し、姿を消したことから亡くなったと考えられる。
  • 大叔父の正体は?
    • 異世界を作り上げる「主」のような人物で、高畑勲監督がモデルになっている。
  • 大叔父のセリフの意味を解説!
    • 「我を学ぶものは死す」は、人の真似をするのではなく、自ら学んで自分らしさを大事にして生きてほしいというメッセージ。

異世界はなくなってしまったけれど、記憶として生き続けるね。

大叔父を通じて、君たちはどう生きるか、見ている人々に問うような作品で考察が深まりますね。

石を積むことでバランスを保っていた異世界は、さまざまな人がいて絶妙なバランスで成り立っている現実世界に共通している部分でもあると思いました。

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